<   2011年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

110714 教師の一日、そして卒論とは何か

わーわーと喋り散らした一日。
ツイッターに吸い上げているのでブログもそれなりに意味のある内容にしたいと思うが、今日は身辺雑記を書き散らす。

本日は、午前中ゼミ。といってもゼミ旅行の相談。
8月7日(日)の日土小学校での「夏の建築学校」を真ん中に据え、6日に大三島の伊東豊雄ミュージアム、8日に豊島の西沢さんのミュージアムを見て神戸に帰ろうという計画だ。

午後は、卒論の中間発表会。
問題設定と研究方法が不明快な発表に対し、気がついたことを正直に言う。
というか、僕ならこうする、ということをどんどん言う。

そのあとの学生の様子を見ているとわかるが、みんないささか打たれ弱い。
こちらが何か指摘すると、議論を吹きかけられたというより、叱られたというような反応になる。
そうじゃないよ、君自身を批判したりしてるんじゃない。
そんなことに僕は何の関心もない。
君が喋ったその言葉の内容と構造を批判してるだけ。
どうしてそれがわからないんだろう。
論理の欠陥を指摘しているだけである。
君の欠陥を指摘しているわけではない。
間違いは間違い、それだけのこと。
そういう指摘を受け、その内容を自分の頭で咀嚼し、「あ、なるほど」とすぐに思わないことが不思議でならない。
誰が何と言おうが、地球は平らじゃないし、三角形の内角の和は180度に決まっている。

最後に、「卒論は「探偵ナイトスクープ」と同じ」という話をした(→wiki)。

 何を知りたいのかがはっきりしたか問題設定(視聴者からの依頼葉書)
→まずは現地へ行き行動開始(依頼者のお宅訪問)→関係者へのヒアリング(ご近所探索)
→分からないことは専門家に聞く(お医者さんや動植物の専門家などの手配)
→浮上した新情報を確認する(依頼者と探偵の面白いやり取り)
→どこへでもかけつける(・・というわけで種子島にやって来ました、という軽いフットワーク)
→必要なら実験もする(最近では「お姉ちゃんを貸してあげる」実験が最高だった)
→得られた情報を合体して推理し、答にいたる(キダタローら顧問からのお褒めの言葉をもらう)。

こういうステップを踏みさえすればいいのだ。

ゼミ生にはいつも言うが、論文(=卒論)とは、「自分だけが知っていることを誰にでもわかる言葉で書いたもの」でなくてはならない。
「誰でもが知っていることを自分にしかわからない言葉で書いたもの」は論文じゃない。
どうかそのことに気づいてほしい。
いうまでもなく、「探偵ナイトスクープ」が面白いのは、まさに「探偵だけが知っていることを誰にでもわかる言葉で喋る」からだ。
学生諸君、「探偵ナイトスクープ」みたいに楽しい卒論、書いてくれよー。
もちろん相談には遠慮なくきてください。

発表会終了後、ゼミ生と研究室にやってきた学生に延々と卒論指南。
その後編集者Kさんから電話でさらにわーわー。
家に帰ったら、暑さと冷房としゃべくりで疲れきっていた。
宿題原稿、積ん読本、ともに登攀できず。
[PR]
by yoshiaki-hanada | 2011-07-15 11:47 | ●花田の日記

110711 思いがけない函の到着

先週半ば、思いもしないプレゼントが届いた。
送り主は鹿島出版会の川尻さん。『建築家・松村正恒ともうひとつのモダニズム』の編集者だ。
予告メールがあったのだが、その日は帰りが遅くて宅急便を受け取れず、わくわくしながら翌朝を待った。
ちょっと厚みのある梱包なので、配達の人の手元を見た瞬間は「最近作った本でも送って下さったのかな」と思ったが、受け取ってみると非常に軽く本ではない。
訝しく思いながら開けてびっくり玉手箱。
松村本のための特性ケース、函、なのであった。
松村本のカバーをはずすと現れる表紙と裏表紙には、日土小学校の矩計図を印刷した。
その見本刷りの余分なものが何枚かあり、それを取っておいて函に仕上げて下さったのだ。
添えられた手紙によれば限定3個。
僕と川尻さん、そして両者をつないでくれた南洋堂書店の新宮君用である。
お礼の言葉もありません。
この編集者といっしょに本を作ったんだという感慨を新たにした。
ありがとうございました。
d0131838_14533673.jpg

d0131838_14553358.jpg

d0131838_14574952.jpg

d0131838_14582450.jpg

トンボなどがあり、見本刷りの紙だとわかる。
[PR]
by yoshiaki-hanada | 2011-07-11 15:02 | ●花田の日記

110707 『建築家・松村正恒ともうひとつのモダニズム』への書評

僕の『建築家・松村正恒ともうひとつのモダニズム』について、倉方俊輔さんが書評を書いて下さった「10+1」のウェヴサイトの「いま読みたい書籍」という書評特集のひとつだ。

まず本の内容については、こちらの狙いを十分に掬い取って過分ともいえる評価をいただいており感激した。心からお礼申し上げます。

それと同時に(というかそれ以上にといってもよいが)嬉しかったのは、本の「形式」に関していただいた評価である。
つまり倉方さんは、「モノグラフの領分──『建築家・松村正恒ともうひとつのモダニズム』/『村野藤吾の建築 昭和・戦前』」というタイトルからもわかるように、「併せて1500ページ以上」ある2冊に対し、そのページ数の多さ(笑)と「モノグラフ」という「形式」上の2つの共通点を見出し、そのことの意義を論じて下さっているのだ。
これは僕自身が、まさにあの本(およびその原本である博士論文)を書きながら考えていたこととぴたりと重なる。
あの本の執筆作業は、日本には個々の建築家をじっくりと論じたモノグラフがどうしてこんなに少ないんだろうという疑問に始まり、そしてそういうものを実際に書いてみるとそれが実に楽しいということの発見で終わった。わかった事実とそれへの解釈を「延々と」書き続け、それらだけを手がかりにしてものを考える作業である。
というか、書いているうちに、一般に「研究論文」と呼ばれるものと評伝や伝記とのあいだを縫うようなものになるといいいなというイメージがわいてきたというのが正直なところだ。
あ、それと、松村さんには作品集がないので、図面や写真を出来るだけ多く、しかも大きく入れようとしたという意味では作品集との境界も意識した。
そういったことが可能になったのは、出発点が博士論文であったからこそとも考えている。
つまり、分量の制限なくものが書ける数少ない機会だからである。
字数制限を気にすることなく、第1章から順に「わかった事実とそれへの解釈を「延々と」書き続ける」とああなったのである。
[PR]
by yoshiaki-hanada | 2011-07-07 10:46 | ●花田の日記

110703 白井晟一展とシンポジウム

7月2日(土)は、京都工芸繊維大学の白井晟一展とシンポジムに行ってきた。それらの詳しいレポートはどなたかにお任せするとして、自分用にメモしておきたいのは、刻印したような精緻な実施設計図を見、パネリストの発言を聞いているうちに僕の中に込み上げてきた妄想についてである。

自分が多少詳しく知っている数少ないことに引き寄せた語り口の退屈さはわかったうえでと前置きはしたいのだが、白井晟一と松村正恒の人生が意外に重なって見えたという話である。

どういうことかといえば、
(1)1960年代前半くらいまでの白井の仕事[秋ノ宮村役場・松井田町役場等の秋田県内の小規模公共建築、試作小住宅・増田夫妻のアトリエ等の木造小住宅]と、松村正恒の八幡浜市役所での仕事(1947〜1960年)はある類似性をもつ。
(2)1963年以降の、親和銀行東京支店・同大波止支店・同本店・松濤美術館・石水館などの重厚な白井の一群の建物と、1960年に独立したあとの松村作品はある類似性をもつ。

(1)において両者を結ぶのは、民主的な新しい社会を作ろうとした戦後の地方自治体あるいは首長の見識の空間化ということである。
(2)において両者を結ぶのは、公共建築における(1)の実験的実践が終わったあと、民間の建物を設計するようになって陥った建築家のニヒリズムあるいはデカダンスとでも呼ぶべき状態である。

いずれもなかなか理解していただけないだろう。
とくに(2)は。
規模も意匠もコストも違いすぎる。

ただ、松村が「民間の建物では冒険ができない」と言って使い慣れたヴォキャブラリーで市中の匿名の建築といった風情のものを作り続けたことと、白井が大きな建築的テーマの具体化というよりは、自分の好みのヴォキャブラリーによって、明確な言葉では表現し難い意匠の建物を作り続けたことに、建築家の後半の人生におけるひとつの似た心情の反映を感じ取ってしまったというわけだ。

言い換えるなら、磯崎さんは白井のデザインをマニエリスティックと位置づけたが、むしろアノニマスというべきではないかということである。

名付けられないアノニマスな建築のために、深く精密に、しかし一種のオートマティズムの中でおこなわれた設計。

アフォリズム的語り口と書に対する偏愛ぶりも似ているだろう。
つまり、建築ではないそれらの道具によって、世界を丸ごと捉えようとする姿勢の類似性だ。
そしてその世界理解を、(たとえば磯崎さんのようには)建築へと直截的に投影することをしなかった点においても、である。

建築的ヴォキャブラリーの違いは仕方がない。
(これこそあやふやな話であるが)白井はヨーロッパの伝統的・古典的建築から自分のテイストを独学で築き、松村はモダニズム建築を素直に学習した。
しかしそういったヴォキャブラリー自体は大きな問題ではなかったのではないか。

松村は白井より8歳ほど若いが、ともに大正デモクラシーの洗礼を受け、日本の戦前期の右傾化を目撃した。
そのような背景のもと、白井と松村が戦後社会を歩んだ姿勢や思い描いた社会像に、いささかの類似性が生まれたのもありえない話ではないのではないか。
そのような方向から白井を考え直すと、少し違ったものが見えるのではないか。

こんなことを考えたのも、松村が、宮内嘉久が企画編集し白井も参加した『風声』や『燎』といった、僕にはやや大仰に思えた同人誌に加わっていたことに少し違和感を覚えていたからである。
しかしそこには、戦争を挟んで生きたどうし、何らかの空気のようなものを共有する気分があったのかもしれない。

こんなアバウトなことを考えてみると、僕の中では、ひとつの疑問が少し解消したという話である。

もう少し勉強してみます。
[PR]
by yoshiaki-hanada | 2011-07-04 17:02 | ●花田の日記

110625 石本喜久治設計/松橋邸

6月25日(土)の午前中は、夕方からの東京/南洋堂でのレクチャーに向かう前に、芦屋市にある「松橋邸」という住宅の見学会に行った。石本喜久治の設計で1935年に完成した建物だ。写真は撮らせていただいたが、ウェブ上で掲載しない約束である。道路からの外観1枚だけでお許しを。内外装とも非常に状態が良く感激した。家具も当時のまま残っていた。
この日は200人以上の一般の方も訪れた。残念ながら解体されることが決まっている。オーナーの方もいろいろと努力されたあとの苦渋の決断。東京の原美術館のような転用でもできたらよかったのでしょうが・・。神戸新聞の記事
d0131838_21514342.jpg

[PR]
by yoshiaki-hanada | 2011-07-03 22:13 | ●花田の日記

1107091 みんなで行きたい夏の建築学校2011

日土小学校の見学会と夏の建築学校2011の内容が決まりました。
多くの方の御参加を期待しています。
d0131838_12144724.jpg

夏の建築学校2011
【夏の建築学校】日土小学校保存再生と松村正恒

■日時  8月7日(日曜日)
・見学会 9:00 ~ 16:00
・夏の建築学校 13:00 ~ 15:00
  コーディネーター 曲田清維 ( 愛媛大学 教授)
  第一部 学習会
    松隈 洋(京都工芸繊維大学 教授)
      ー木造モダニズムと日土小学校の価値ー
    花田佳明(神戸芸術工科大学 教授)
      ー建築稼・松村正恒の考えたことー

  第二部 みんなで語ろう日土小
    日土小学校卒業生 松村正恒後輩 改修工事関係者 来場者の方々ほか 

■会場 八幡浜市立日土小学校 西校舎1階(新校舎)
■所在地 八幡浜市立日土小学校 八幡浜市日土町2-851
■見学については時間内に自由に見学してください。但し、校長室、職員室及び保健室は立ち入りを制限させていただきます。
■駐車場は、日土小学校運動場で、台数に限りがありますのでなるべく乗り合わせでお願いします。また、小学校周辺の道路は狭いので路上駐車はご遠慮下さい
■主催:八幡浜市教育委員会 共催:(社)日本建築学会四国支部 愛媛支所
■後援:(社)日本建築家協会四国支部 (社)愛媛県建築士会 (社)愛媛県建築士事務所協会
■参加費:無料
■問い合わせ先
   和田建築設計工房( 担当:名本) TEL089-962-6366
   八幡浜市教育委員会学校教育課 TEL0894-22-3111
[PR]
by yoshiaki-hanada | 2011-07-01 12:28 | ●花田の日記