カテゴリ:●花田の日記( 294 )

110625 石本喜久治設計/松橋邸

6月25日(土)の午前中は、夕方からの東京/南洋堂でのレクチャーに向かう前に、芦屋市にある「松橋邸」という住宅の見学会に行った。石本喜久治の設計で1935年に完成した建物だ。写真は撮らせていただいたが、ウェブ上で掲載しない約束である。道路からの外観1枚だけでお許しを。内外装とも非常に状態が良く感激した。家具も当時のまま残っていた。
この日は200人以上の一般の方も訪れた。残念ながら解体されることが決まっている。オーナーの方もいろいろと努力されたあとの苦渋の決断。東京の原美術館のような転用でもできたらよかったのでしょうが・・。神戸新聞の記事
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by yoshiaki-hanada | 2011-07-03 22:13 | ●花田の日記

1107091 みんなで行きたい夏の建築学校2011

日土小学校の見学会と夏の建築学校2011の内容が決まりました。
多くの方の御参加を期待しています。
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夏の建築学校2011
【夏の建築学校】日土小学校保存再生と松村正恒

■日時  8月7日(日曜日)
・見学会 9:00 ~ 16:00
・夏の建築学校 13:00 ~ 15:00
  コーディネーター 曲田清維 ( 愛媛大学 教授)
  第一部 学習会
    松隈 洋(京都工芸繊維大学 教授)
      ー木造モダニズムと日土小学校の価値ー
    花田佳明(神戸芸術工科大学 教授)
      ー建築稼・松村正恒の考えたことー

  第二部 みんなで語ろう日土小
    日土小学校卒業生 松村正恒後輩 改修工事関係者 来場者の方々ほか 

■会場 八幡浜市立日土小学校 西校舎1階(新校舎)
■所在地 八幡浜市立日土小学校 八幡浜市日土町2-851
■見学については時間内に自由に見学してください。但し、校長室、職員室及び保健室は立ち入りを制限させていただきます。
■駐車場は、日土小学校運動場で、台数に限りがありますのでなるべく乗り合わせでお願いします。また、小学校周辺の道路は狭いので路上駐車はご遠慮下さい
■主催:八幡浜市教育委員会 共催:(社)日本建築学会四国支部 愛媛支所
■後援:(社)日本建築家協会四国支部 (社)愛媛県建築士会 (社)愛媛県建築士事務所協会
■参加費:無料
■問い合わせ先
   和田建築設計工房( 担当:名本) TEL089-962-6366
   八幡浜市教育委員会学校教育課 TEL0894-22-3111
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by yoshiaki-hanada | 2011-07-01 12:28 | ●花田の日記

110625 南洋堂レクチャー

6月25日夜は東京の南洋堂書店4階のN+という部屋で、『建築家・松村正恒ともうひとつのモダニズム』刊行記念のレクチャーをおこないました。
20人ほどのこじんまりした集まりで、関連資料を神戸から送り、ゼミのような雰囲気でやりました。
初めてお目にかかった方も含め、皆さんいろいろとご縁のある方ばかりで、実に不思議な気がしました。
編集を担当した鹿島出版会の川尻さんが、装幀をしてくださった間村俊一さんによる生原稿を展示して下さり、僕にとっては最高のサプライズプレゼントでした。
手書きの絵と文字だけですべてを指定したレイアウト用紙を見ていると、本が誕生する瞬間を目撃したようで感激した次第です。
貴重な機会を与えて下さった南洋堂書店の皆さん、来て下さった皆さん、本当にありがとうございました。
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by yoshiaki-hanada | 2011-06-29 11:28 | ●花田の日記

110624(金)ツイッター効果

明日・25日に南洋堂でやるレクチャーの準備。
ギャラリーA4での展覧会と2回のシンポジウムがあったので、それとの重複をどう避けるか。でもそれに参加されなかった方もおられるようなので、松村・日土の概要紹介も必要。少人数の会なので、これまであまり出さなかったプライベートな画像など少し追加。古い『国際建築』や『建築文化』や日土小がらみの各種報告書を南洋堂に宅急便で送った。

先日書いた長谷川豪さんについてのブログが多くの方の眼に触れたようだ。
ツイッター効果にびっくりした。
このブログのアクセス数が一時的に急上昇(苦笑)。
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そんなことより、僕は、まるで化学式のような結論が出たことが嬉しかった。
松村本にも書いたが、八幡浜市役所時代の彼の建築も<学校建築の豊穣化+病院関連施設のシンプル化>という式で書ける。
こういう「わかり方」が僕は好きだ。
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by yoshiaki-hanada | 2011-06-25 02:26 | ●花田の日記

110621(金)長谷川豪さんのレクチャー

6月21日(火)18時から、今年度のトークセッションの1回目として、建築家・長谷川豪さんの講演会を開催した。お話を聞くのは初めてだったが、もちろん作品は雑誌でよく知っている。興味津々、待ちに待ったレクチャーであった。

長谷川さんのお話は、作風に違わずきわめて論理的に進んでいった。しかも、理屈が走り過ぎることなく、モノの状態や空間の質感、そして周囲の環境との関係に対するこだわりの強さが伝わってきた。それらがあるがゆえにあの空間ができているのだとよくわかる。なるほどなあと感心のし通し。

会場から、「狛江の住宅」の階段の上りはじめの壁が曲面になっている理由を問う質問が出た。
それに対し、「上階のスラブで頭を打たないようにすると階段が少し奥にいき、「廊下」状の空間になる。一方、この住宅は3つの同じ大きさの空間(2つの内部空間と1つの外部テラス)だけで成り立たせたかった。そこで、「廊下」という余分な空間は消す必要がある。そのために、両袖の壁を部屋側に開く曲面にし、「廊下」という呼び名がつかないようにした」と実に実に明快な答え。まさに言語的な論理性とモノや空間へのこだわりの両立である。

長谷川さんは、すべての作品をこんな感じで説明した。

お話を聞いてよくわかったのは、長谷川さんが設計の操作対象としているものの特徴だ。
教員のひとりが、「身体感覚と建築言語」という講演タイトルに軽い違和感を感じるという発言をした。「身体感覚と建築言語」ではなく「身体感覚と建築」でいいじゃないかとか、「建築言語」という言葉の使い方が妙じゃないかというわけだ(←以上、僕なりの意訳です)。
それは僕も同感で、つまり、普通に「建築言語」といえば、壁や柱といった「モノ」とその間の「関係」をいう。そしてそれらを直接の操作対象とすることが含意される。しかし長谷川さんが操っているのは、そういったわかりやすい単位ではなく、それらが合わさって構成される何らかの上位の空間単位やモノの集合の属性であると思われるのだ。
つまり、メタレベルのというか、あるいは別カテゴリーのというべきか、ともかく最小単位としてのモノそれ自体ではないのである。
たとえば「狛江の住宅」においては、地面からわずか1メートル上空に「屋上」がある。つまり、「屋上」という概念を残しつつ、その地面からの距離という属性の部分だけが縮められる。
「森のピロティ」においては、4階建てでもおかしくない高さで2階建ての住宅がつくられているから、「2階建て住宅」の「1階床高」という属性だけが肥大化されているというわけだ。

僕はこのような手法を、長谷川さんのかつてのボスであった西沢大良さんについて指摘したことがある。『JA』No.34(1999年)に書いた「二分法をこえる眼差し」という文章だ。その中の「もっとリアルな世界理解へ」という節で、以下のように書いた。

 建築の言語を巡る試みとしては、西沢大良の思考が興味深い。それは「規模の材料」(『jt』1998年4月号)という論文によく示されている。建築設計の根拠となる論理体系を、外部世界に頼ることなく建築の内部において可能な限り言語化する試みだ。彼は、「異なる角度から」しかも「一般性をもつ限りでの角度から建物を見直す」ために、「建物とは何か」ではなく「建物は何からできているか」という問いの立て方をし、建物は「意図や主旨」や「用途や機能」ではなく(もちろんそれらが必要であることは認めたうえで)、「材料と手順」だけでできているという仮説へと論を進めていく。「材料と手順」とは建材や素材という意味ではない。そこには、高さ、幅、長さ、面積といったスケールを示す指標から、それらが組み合わされた「規模」「細長」「輪郭」「偏平」といった3次元的単位、さらには「ばらばらにする」「集める」といった操作を示す述語までが含まれている。つまり、建物を組み立てるための要素とそれらの配列規則の集合、言い替えれば言語をつくろうとしているわけだ。
 ここで注意すべき点は、そしてまさにそれが注目すべき点でもあるのだが、彼の目指す体系化は、いわゆる自律的建築と呼ばれるものの対極にあるということだ。つまり彼は、「材料と手順」を閉じた演算規則としてではなく、「そこで誰かが失敗したり、別の誰かが改めて取り組み直したりといったことが具体的に可能な、デザインをめぐって一般的に開かれた、建物のうえの全対象だと考えている」。このアイディアの精度を検証するかのようにして設計された4つの住宅(「立川のハウス」「熊谷のハウス」「大田のハウス」「諏訪のセカンドハウス」)はいずれも配置計画に特徴をもち、敷地周辺とのあいだに不思議な関係を生み出しているのだが、そのデザインの意図や結果について、おそらく彼の言語はその内部に批評の回路までをも準備しているに違いない。
 論理の完備性にこだわる彼の硬質な文体は、その思いとは逆に閉じた印象を与えるかもしれないが、単に既与の建築空間を記述するのではなく、未知の空間を発見するための方法を探る希有な試みとして、きわめて興味深く思われる。


長谷川さんはいやがるかもしれないが、西沢大良さんに対するこれらの分析は、そっくり長谷川さんにも当てはまるように思う。
しかし言うまでもなく、「建物が何からできているか」ということに関する分析姿勢が、硬質な西沢大良さんのそれとはだいぶ違う。
純粋数学から応用数学へというか、1階述語論理から高階述語論理あるいは様相論理へとでもいうか。あるいは、散文がわかりやすい名詞と動詞の組み合わせで成り立ちそれらを単位として分析すれば意味を読み取ることができるのに対し、詩においては文法的には理解しがたい単語の集合そのものを単位として理解する必要があるというようなこととでもいえばよいだろうか。
比喩をいくら重ねても仕方ないが、要するに、「建物をつくっている」新たな要素を、しかも西沢大良さんよりもかなり(もっといい言葉がほしいですが)「華やかな」要素を、長谷川さんは発見している、しようとしていると僕は理解したというわけだ。

ところで僕は上記の「二分法をこえる眼差し」という文章で、長谷川さんの大学での指導教員であった塚本由晴さんについて以下のように書いた。

 住宅と敷地との関係という意味では、塚本由晴の「アニ・ハウス」や「ミニ・ハウス」での試みが印象的だ。密集した市街地の20坪から30坪の、まさに「過酷な都市状況」に置かれた敷地である。多くの設計者は、敷地境界線に沿って建物や壁を設け、もちろんそこに何らかの工夫をするにしても、基本的には中庭型の構成を考えることだろう。ところが塚本は「ヴィッラであること」、つまり敷地の真ん中に建物を配置し、四周に空き地を残すことを提案した。ただしこの余白は、階段や水廻りを立体的に張り出させることで実に複雑なかたちを与えられた空間であり、住宅内部には快適なヴィスタを、外部にはいささか不思議な緩衝地帯を提供する効果を生んでいる。
 塚本はここでのデザインを、建物の「建ち方」に注目した結果だと説明する(「住宅の「建ち方」について」『jt』1998年2月号)。「建ち方」とは耳慣れない言い方だが、「都市のほうからと建築のほうから相互に定義しあう」バランスのようなものと考えてよいだろう。
 彼は、日本の一般的住宅地のもつ問題点を、都市計画的には戸建て住宅が想定されながらその狭さゆえに快適なヴィッラにはなれず、かといって町屋形式をとるほどには密度が高くないことと整理する。その上で、敷地にふさわしい「建ち方」を探ることが、建築と都市の両者が内包する論理の相関としての都市を、住宅の制御を通して逆照射することになると考えるのである。本稿に即した言い方をさせてもらうなら、まさに住宅と非住宅との境界線をデザインすることで、住宅ばかりかその外部世界としての都市をも再定義しようとする試みだといえるだろう。紋切り型の都市像を受け入れておいてそこに「楔」を打ち込むというような発想とは、際だった対照をなす明晰なアイディアである。


建築と環境との関係に対するこういった考え方も、長谷川さんの中に見いだすことができるだろう。
ただし、その姿勢は塚本さんよりも潔い。
長谷川さんの建物は、「アニ・ハウス」や「ミニ・ハウス」の凹凸の多い造形とは違いシンプルだ。窓の構成にしても、環境との応答の種類のようなものが塚本さんの方が幅が広いというか、カジュアルというか、意味の豊かさをもっている。それに対し長谷川さんは、空間の重なりだけが浮かぶようにデザインする。

つまり長谷川さんの設計手法は、建築そのものについては西沢大良さんの手法を豊穣化し、建築と環境との関係においては塚本由晴さんの手法を純粋化しているといえるだろう。つまり、2人の師を実に上手く継承し、かつそこから延びる新たな道を確実に見いだしているのだ。

  長谷川豪=西沢大良の建築論の豊穣化+塚本由晴の環境論の純粋化

なお、先輩から後輩へとこのような自己参照的な進化の道筋が存在することは、僕には東工大の建築学科(だけ)がもつ、きわめて不思議な、しかしきわめて幸福な特徴であると思います。

そんなこんなが、レクチャー終了後、三宮の小さな台湾料理屋で「話が通じる」快感に酔った結果思いついた結論です。本当に楽しい夜でした。

もっときちんと分析すべきであることは重々承知の上ですが、またこんな単純化は長谷川さんはお嫌いかもしれませんが、ブログ上のアイディアスケッチということでお許し下さい(ときどき手を入れます)。
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by yoshiaki-hanada | 2011-06-23 04:00 | ●花田の日記

110614(火) ビブリオテイクレクチャー

明日・15日(水)17時から、図書館主催の「ビブリオテイクレクチャー」で、『国際建築時論』と『国際建築』という雑誌について話します
これは、高額で貴重な(生々しい言い方ですが、笑)本を購入した場合、それを希望したというか、その本に詳しいというか、そういう教員がその本の解説をするとおいう企画です。
今回は、柏書房が出した上記2誌の戦前の号の復刻版を購入したので、それを巡るレクチャーです。
これらの雑誌、とくに『国際建築』については、かつて私と当時院生だった石坂美樹さんとでやった研究があり(これこれ)、それに基づいた話です。
学生諸君来てね。

ところで、昨夜、ツイッターに自分のページを作ってみたが、何をどう書いたものやらわからないまま一旦終了。
今日、ゼミのツイッター王・ヤマダ君にいろいろと教わり、少し様子がわかってきたが、体質的に合うかどうか。
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by yoshiaki-hanada | 2011-06-15 00:55 | ●花田の日記

110610(金) 松村展、無事終了。

ギャラリーA4での松村展は、無事に6月3日で終わった。
企画をしてくれた竹中工務店の松隈章君のツイッターによれば、ギリギリの時間まで入館者者があったようで、嬉しい限りだ。
松村建築を初めて見た1994年からのことを思うと、今回の展覧会は夢みたいな出来事である。
ツイッターやブログで反響を追ってみると、建築分野ではない方の書き込みも散見される。しかも、かなり感激された様子がうかがえる文章が多い。何よりである。
松村正恒と日土小学校が持つ力はもちろんだが、今回の工夫された展示方法の効果も大きいだろう。ギャラリーA4の関係者の皆さんに改めてお礼を言いたい。

幸いなことに、12月に大阪市立住まいのミュージアムでの巡回展が決定した。
そのあとさらに愛媛大学へも巡回する。


その他、
・5月30日には東京で建築学会の教育賞の贈呈式に出席。
・大学では、6月7日に4月からやってきた2年生の実習が終了。それこそ「教科書」のせいだろうか、以前より全体のボトムアップが達成できたと思う。
・4年生の演習課題も6月9日に終了。ここ3、4年やっている「模倣」課題。ひとりの建築家を取りあげ、その手法を分析した上でそれを「模倣」し、新たな住宅を設計するというもの。今年もなかなか面白い作品があった。


植田実さんの新刊2冊を送っていただいた。『植田実の編集現場』で使った言葉で言えば、「批評」ではなく「夢」の方を向いた植田さんだ。
植田実『真夜中の庭』(みすず書房)
植田実『住まいの手帖』(みすず書房)


北園克衛関係の本のまとめ買い。
ジョン・ソルト『北園克衛の詩と詩学』(思潮社)
金澤一志『北園克衛の詩』(思潮社)
『現代詩手帖』6月号(特集「21世紀の北園克衛」)


Zonnestraal Sanatorium: History and Restoration of a Modern Monument到着。素晴らしい本だ。


明日は、三澤文子さんたちのMOKスクールで日土小学校と松村さんのことを話すので、今日はそのキーノートづくり。
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by yoshiaki-hanada | 2011-06-11 01:17 | ●花田の日記

110529(日) 松村展、その後。

27日(金)は松村展の2回目のイベント、青木淳君との対談だった。

13日には日土小学校の保存再生メンバーによってその活動の全体像を報告し、松村正恒についての紹介も僕からおこなったのだが、今回はそれをさらに詳しく話し、青木君の力を借りて現代的な位置づけもおこなおうというねらいである。

どんなふうにやろうかと青木君に事前相談のメールをしたところ、「松村正恒の建築のどこがおもしろいか?それが、いま、どんな意味があるか?しか話すことないんじゃない?前もって話す内容、決まっているとつまらない。思わぬ展開を楽しみたいです」というお返事。
おっしゃる通りでどうしようかと慌てたが、よくよく考えてみれば、それへの僕の答えが『建築家・松村正恒ともうひとつのモダニズム』なんだと思い出し(こういうことを案外と忘れる)、その「結論」の部分をまとめたプレゼをキーノートで再編集した。本当は僕の本を全員が読んで下さった上でいきなり質疑応答や議論をするのが建設的なのだが(笑)そうもいかない。

会場を見渡すと、来られた方は13日とは顔ぶれがあまり重なっていない印象で、今回の方が若い人が多いと感じたのはやはり青木君効果か。

まず僕が50分くらい話し、次に青木君が「花田の話は長いねえ」と言いつつ、彼が撮った再生工事完了後の日土小学校の細部の写真を使ってその空間の印象を決定しているものについて30分くらい話した。以前松山で最初に青木君からこういう日土小学校の見方を教わったが、今日も感心。モノを作る建築家ならではの批評であり、青木君以外の建築家ではなかなか話せない内容だと思う。おそらくこういう視点でモダニズム建築を現代建築家が語るのは珍しいだろうし(初めてでは?)、会場に来られた方はとても新鮮な体験だったに違いない。

その後二人でいろいろと話した。

僕としては、結論としてこんなことを言った(つもり)。
・松村の建築は、きわめて優れた文脈的解答に、非文脈的・自律的な設計手法によって到達した。
・松村の建築は、特定の意味を纏うことを拒否することに成功した。
・松村は、<建築から作品性や作家性を排除しても建築を成立させることができる。たとえばそこに残るものは物語性のようなものだ>ということを示した。
・日本のモダニズムの巨匠たちによる行為は基本的には「翻訳」だが、松村はそれ以外の道を実践した。云々

青木君は日土小学校のモノの扱いに見られる「ザッハリッヒな」特徴を解説したあと、自分は日土小学校みたいなデザインもできるしそうじゃないこともできるというので、それぞれ何なのとつっこむと、前者は「青森、馬見原、御杖」、後者は「ヴィトン」という答えで、激しく同意した次第。
そうだろうなあ、よーくわかります。
(なお、青木君はまさにそういうことを示す自作の写真を用意してきてくれていたのですが、パソコンソフトの関係で日土小学校の写真だけの上映になりなりました。青木君と会場の皆さんすみませんでした)

結論としては、松村は建築における「<表現>しないこと」によって優れた建築を作ることに成功した希有な建築家である、というようなことで意見が一致したという感じではないだろうか。

なお、ここに書いても仕方ないかもしれませんが少し補足しておきたいのは、話題になった色彩のことである。日土小学校あるいは松村建築一般には賑やかな色使いがあって特徴的という話をしたが、特殊ケースという言い方をしすぎたかもしれない。会場から土浦亀城に詳しい田中厚子さんから指摘があったように、土浦建築にも色彩は多いしモダニズム建築と呼ばれるもの一般でもさまざまな色が使われている。
僕としても決して松村だけが色彩を使ったというつもりはなかったのだ。ただ日土小学校における長大な水平連続窓の枠全体がピンク色とか、淡い緑色とピンク色の組み合わせとかは、アクセントとして色を入れましたというのとは違い、エロティックな雰囲気すら漂う感じがするので、僕の言葉でいえば「総体性」を強化しているような気がしたということである。もう少し考えてみます。
また青木君から、松村研究は今後どうするのと問われうまく答えられなかったが、彼の作品集あるいは図面集が出せたらいいなあという夢はある。「研究」とは違うが、そんな企画をどこかで実現したい。
会場には植田実さんも来て下さり、『無級建築士自筆年譜』を作った頃のお話などをしていただいた。

会期は6月3日までです。
まだの方はぜひご覧下さい。
何しろ、建築の展覧会としてとても面白いと思います。
嬉しいことに大阪展も12月には実現できそうな気配です。
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by yoshiaki-hanada | 2011-05-29 21:32 | ●花田の日記

110529 松村展の紹介記事

13日の松村展について、朝日新聞と読売新聞に記事が出たので紹介しておきます。
いずれもウェブ上で読むことができます。

朝日新聞5月25日(夕刊)の大西若人さんによる記事

読売新聞5月26日の朝刊
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by yoshiaki-hanada | 2011-05-29 18:19 | ●花田の日記

110519 日常業務

松村展の最初のシンポが終わり少しほっとした。
その後、シンポへの感想をツイッターに書いて下さった方とのメールのやりとりができた。
『建築文化』1994年9月号の特集「戦後近代建築との対話」に書いた僕の最初の松村論「モダニズムというノスタルジア 松村正恒の残したもの」を学生時代に読んだのが日土を知ったきっかけということで、記憶が一気に17年前に遡り不思議な気分になると同時に、自分が書いたものがきっかけでこんなつながりができる喜びにも浸った次第。
実は松村さんのことを調べ始めてから、こういう経験がとても多い。

月・火・水と、いつになく学生諸君のいろいろな相談にのる機会が多かった。
卒論、修論、就職、進学。当たり前だがみんな悩んでいる。
その他、講義、実習、修論(修士制作)の進捗状況の発表会。
修論については「悩んでいる」では説明のつかない状況の人が多い。言いたいことはいっておいた。もっと深く言葉で考えてほしい。

どういうわけか夏目漱石が読みたくなって、電車の中や寝床でちびちびと読んで「三四郎」をやっと読了。もちろん以前に読んではいるが、この歳になってゆっくり読むととても面白かった。けっこうユーモラスな表現も多いように思え、今でいうと村上春樹の文章のような感じではなかったかなんて、全くの素人考えも浮かんだ。次は「それから」だ。それにしても漱石が死んだのは49歳のとき。僕はもうそれより6歳も年上だと思い当たりがっくりする。

八束さんの『メタボリズム・ネクサス』(オーム社)、加藤道夫『ル・コルビュジエ 建築図が語る時間と空間』(丸善出版)も急がなくては。加藤さんは広部研の先輩だ。
高橋源一郎『さよなら、ニッポン』(文藝春秋社)も読みたいな。
少し前に読んだ小熊英二の『私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集』(毎日新聞社)はとてもわかりやすく、小熊さんの仕事のサマリーになっている。学生諸君、必読。
あ、シンポの帰りに買って新幹線の中で読んだ『想い出の作家たち』(文春文庫)も面白かった。文士という言葉が生きていた時代の作家の日常生活を家族が語った貴重な記録。登場するのは、子母澤寛、江戸川乱歩、金子光晴、尾崎士郎、今東光、海音寺潮五郎、横溝正史、山本周五郎、井上靖、新田次郎、柴田錬三郎、五味康祐、立原正秋。どの人のエピソードも実に破天荒で、しかしどこかユーモラスで憎めない。貧しい戦前の文士の暮しや、売れっ子になったあとの激変ぶりが面白い。何より、そういいたことを話す妻や子どもの語り口が素晴らしい。家族とか夫婦とかの本来的な姿があるようにさえ思う。
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by yoshiaki-hanada | 2011-05-19 01:25 | ●花田の日記