愛媛新聞「道標」(掲載 2008年12月14日) 連載10回目

卒業制作という実験
—空間で社会を変える—

神戸芸術工科大学教授 花田佳明

 卒業制作のシーズンとなった。私が勤めているようなデザイン系大学の学生はもちろんのこと、美術や建築などを専攻する諸君は、自らの作品の完成に向け、苦悩と不安、そして不眠不休の日々を送っているに違いない。
 私の学科でも中間講評会を開き、建築や町や都市などをテーマとする学生たちの作品について、今後の進め方へのアドバイスをおこなった。やり取りの一部をご紹介したい。[ ]内が教員からの意見である。
・故郷である地方都市の停滞した商店街の活性化のために、娯楽施設や足湯などを計画する。[そんな提案は安易すぎる。君がそこに戻り、暮らそうと思える地方都市とはどんな場所か。ひとつでいいから、自分自身のリアルな感覚を空間化せよ]
・小学生の放課後の過ごし方を充実させるような居場所を計画する。[それだけを考えていても、結局は子ども用の「カルチャーセンター」になる。むしろ学校の教育課程にまで踏み込む大胆な提案を考えてほしい]
・郊外の緑豊かな敷地に高齢者のケアハウスを計画する。[町から切り離された環境の中で、高齢者は果たして幸福だろうか。商店街や学校や住宅地の近くに置き、高齢者が町を散歩したり、市民が施設運営に関われるような案も検討すべきだ。それは施設だけでなく、地域をも変えるだろうから]
・人生最後の三日間を過ごすカプセルを海上に計画する。好きな音楽を聴き、好きな本を読み、最後は海に沈んでいく。[荒削りな内容だが、現代の「死」を巡るさまざまな問題を逆照射する装置としての表現を探れば面白い]
・ニューヨークのセントラルパークを敷地とし、直径二百メートルの円形の大空間をつくり、ホールやギャラリーを緩やかに配置する。[ありきたりの文化施設とは異なる空間性をもっており、期待できる。しかし、屋根が柱なしで浮いているように見える新しい構造形式の探求が必要]
 このほか、夏目漱石の『夢十夜』を手がかりにして自己の内面を空間化するとか、ツリーハウスを実際につくるとか、学生の発想は実に多様だ。
 いかがだろう。もちろん卒業制作は、設計条件をすべて学生が決める仮想の計画だ。しかも、現実的提案から現代アートと呼べそうなものまで幅も広い。しかしそこには、現代社会を考え直す手がかりを、少しは見出していただけるのではないだろうか。
 卒業制作は、自らが思い描く社会の建築や風景を、学生が図面や模型を使って生み出す思考実験と言ってよい。教員も、その提案が現代社会の空間をどう批評し、変革しようとするのかを、彼らに繰り返し問いかける。
 この連載で書きたかったのは、まさにそういう姿勢の必要性、つまり政治や経済だけではなく、空間が社会を変える可能性を信じることの大切さだ。どのような場所で僕らは暮らしたいのか、そのために何をなすべきか。そんな問いに、あらゆる領域の人々が敏感であり続けるなら、まだまだ世界は捨てたものではないだろう。一年間、ありがとうございました。
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by yoshiaki-hanada | 2001-03-30 12:44 | ●愛媛新聞「道標」欄の連載
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