080506(火) 連休が終わる

一日の半分以上の時間をパソコンの前に座り続けた連休が終わる。
それ以外にあったことといえば、日建時代の知人の訪問、岳父の誕生日にひっかけた御影での食事会、下の子供とプールに浸りに行ったことくらいだ。
今どきの論文の書き方というようなことかもしれないが、取り上げる作品ごとに集めた写真のスキャニングをどんどん進め、それらをフォルダー毎に整理し、予定しているそれぞれのページに貼るものは貼り、書けるところは書き、そんな作業を繰り返した。仕込み、といえばよいか。
それにしても、スキャナーで取り込んだ写真をパソコンの画面で拡大するのはとても面白い。けっこう発見がある。あ、ここに鉄筋ブレースが使われている、あ、ここは塗り分けられている、とかいった具合だ。
笑ってしまったのは、1950年に完成した川之内小学校の落成記念写真で、大人達が並ぶ隅っこに、いたずら坊主がこっそりしゃがんで写っているのを見つけたとき。下の写真。わかりますか。左下隅です。
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悩ましいのは、作品集の存在しない建築家だから、作品の図面や写真をどう入れるかということだ。それなしではおそらく理解してもらえない。別冊かな。
モダニズム、モダン、近代、近代建築、モダニズム建築、モダンアーキテクチャーといった言葉遣いにも困ってしまう。松村正恒が欧米のスタイルを「イズム」としてとらえ実践していたとは思えない。だとすれば「モダニズム建築」は変だろう。使いやすい建築の語彙を「自分のイズム」の実践のために使っていた、というべきか。彼の建築を表すときに「モダニズム」という言葉を使わなければいい?「近代建築」がよさそうだが明治〜大正期のものと紛らわしい。けっきょくモダンアーキテクチャーか?そういえば、以前参加した『再読/日本のモダンアーキテクチャー』はそれを採用したなあ。
地方→東京→満州→農村→帰郷という松村の動きは、まさに日本の「近代」であろう。しかし「モダニズム建築」の「モダニズム」とは異なる「近代」である。そのあたりもどうしたものか。

今日は5月らしい実に気持ちのよい一日。息抜きに、買ってあったシマトネリコの木を、わが家「渦森台ハウス」の庭に植えた。道路に平行にとった駐車場のコンクリートが夏になると蓄熱し、そこから家の中に熱気が持ち込まれる(ような気がする)。そこで、オリーブを1本植えただけの庭に(ものすごく大きくなった)、もう1本木を植えようと思った次第。論文完成祈願(祝いではなく!)の植樹だ。そのうち枯れたりして(笑)。

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by yoshiaki-hanada | 2008-05-06 17:07 | ●花田の日記
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