近代と非近代を巡る瀬戸内の旅

【丹下展カタログ用原稿】

近代と非近代を巡る瀬戸内の旅
神戸芸術工科大学教授 花田佳明

 瀬戸内海周辺の町には、伝統や歴史や地域といった言葉と現代の建築デザインとの関係をどう捉えるかという問題に対する興味深い解答が点在している。
 たとえば、丹下健三が設計した広島ピースセンター、倉敷市庁舎、香川県庁舎、今治市庁舎、香川県立体育館などは、コンクリートによるル・コルビュジエ的造形を、伝統的木造建築や「縄文的」「弥生的」などの言葉を手がかりに変形しようとして展開された実験の成果だ。建築における近代的なるものに、非近代的なるものがもつ意味を付与する作業と要約できる。
 それに対し、浦辺鎮太郎の大原美術館分館や倉敷アイビースクエア、山本忠司の香川県立武道館や瀬戸内海歴史民俗資料館、大江宏の香川県文化会館や香川県立丸亀武道館、日建設計の別子銅山記念館などは、日本の伝統的建築や自然の風景を出発点に据え、それらをさまざまに変形することによって新しい建築を生み出そうとした実験の成果だ。こちらは逆に、建築における非近代的なるものがもつ意味を、近代的なるものを通して漂白する作業と要約できる。
 そしてもうひとつの興味深い解答が、愛媛県の八幡浜市役所で学校建築や病院関連施設を設計した松村正恒の実践である。
 彼の作品には、非近代的な意味を担う建築的要素は登場しない。例えば日土小学校にはセメント瓦の切妻屋根がのっているが、雨の多い南予地方という土地柄ゆえの必然であって、地域性の表現とは思えない。また、いかにもインターナショナル・スタイル風の水平連続窓が走る立面だが、木造とスチールのハイブリッド構造に基づくカーテンウォールであり、構法上の発想が全く違う。むしろ、建築計画の新しさや建築的構成の明快さを、松村が最も合理的だと考える建築的語彙で抒情的に語り尽くしたというべきだろう。
 彼は後に、「伝統とは、形式の問題ではない。心構えの問題だ」「形は結果である」「伝統を越えたとか、越えぬとか、棒高跳びとは、ワケが違う」「形式だけ拝借して、伝統をうけついだなどとは恐れ入る」(「伝統論私見」『国際建築』1965年1月号)といった言葉を残しているが、そこには意味論的な操作に頼り建築をデザインすることへの疑念が垣間見える。松村のいう「心構え」とは、建築における近代的なるものを、語の本来的な意味においてさらに近代化する意志のことだと要約でき、上記2つの解法とは全く別の方角からの挑戦だったように思われる(詳しくは拙著『建築家・松村正恒ともうひとつのモダニズム』)。
 瀬戸内で繰り広げられた近代と非近代を巡る実験から学ぶものは実に多い。よい旅を!
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by yoshiaki-hanada | 2013-08-24 10:34 | ●花田の日記
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