110519 日常業務

松村展の最初のシンポが終わり少しほっとした。
その後、シンポへの感想をツイッターに書いて下さった方とのメールのやりとりができた。
『建築文化』1994年9月号の特集「戦後近代建築との対話」に書いた僕の最初の松村論「モダニズムというノスタルジア 松村正恒の残したもの」を学生時代に読んだのが日土を知ったきっかけということで、記憶が一気に17年前に遡り不思議な気分になると同時に、自分が書いたものがきっかけでこんなつながりができる喜びにも浸った次第。
実は松村さんのことを調べ始めてから、こういう経験がとても多い。

月・火・水と、いつになく学生諸君のいろいろな相談にのる機会が多かった。
卒論、修論、就職、進学。当たり前だがみんな悩んでいる。
その他、講義、実習、修論(修士制作)の進捗状況の発表会。
修論については「悩んでいる」では説明のつかない状況の人が多い。言いたいことはいっておいた。もっと深く言葉で考えてほしい。

どういうわけか夏目漱石が読みたくなって、電車の中や寝床でちびちびと読んで「三四郎」をやっと読了。もちろん以前に読んではいるが、この歳になってゆっくり読むととても面白かった。けっこうユーモラスな表現も多いように思え、今でいうと村上春樹の文章のような感じではなかったかなんて、全くの素人考えも浮かんだ。次は「それから」だ。それにしても漱石が死んだのは49歳のとき。僕はもうそれより6歳も年上だと思い当たりがっくりする。

八束さんの『メタボリズム・ネクサス』(オーム社)、加藤道夫『ル・コルビュジエ 建築図が語る時間と空間』(丸善出版)も急がなくては。加藤さんは広部研の先輩だ。
高橋源一郎『さよなら、ニッポン』(文藝春秋社)も読みたいな。
少し前に読んだ小熊英二の『私たちはいまどこにいるのか 小熊英二時評集』(毎日新聞社)はとてもわかりやすく、小熊さんの仕事のサマリーになっている。学生諸君、必読。
あ、シンポの帰りに買って新幹線の中で読んだ『想い出の作家たち』(文春文庫)も面白かった。文士という言葉が生きていた時代の作家の日常生活を家族が語った貴重な記録。登場するのは、子母澤寛、江戸川乱歩、金子光晴、尾崎士郎、今東光、海音寺潮五郎、横溝正史、山本周五郎、井上靖、新田次郎、柴田錬三郎、五味康祐、立原正秋。どの人のエピソードも実に破天荒で、しかしどこかユーモラスで憎めない。貧しい戦前の文士の暮しや、売れっ子になったあとの激変ぶりが面白い。何より、そういいたことを話す妻や子どもの語り口が素晴らしい。家族とか夫婦とかの本来的な姿があるようにさえ思う。
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by yoshiaki-hanada | 2011-05-19 01:25 | ●花田の日記
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