110327

日曜日。
大学は春休みということもあるが、地震以降、曜日や日にちの感覚がやや薄くなっている。被災地から遥か遠くにいてこんなありさまだから、現地の皆さんの心理状態は想像に余りある。
阪神大震災のときは最初の1週間、僕は日々の記録を書かなくてはと思いながらも果たせなかった。今日が終わった、さあ明日だ、というような1日単位の感覚を全くもてなくなっていた。何より、言葉に記すために思い出すことが怖かったのだ。1週間後に妻の記憶を頼りに(女性は落ち着いている)メモ書きし、それ以降は大丈夫になった。


青木君から、当日の揺れやその後の様子を知らせルメールが来た。
社会の根本的なところが変わらなくてはという思いを強くしたという主旨の言葉も添えられて。
全くその通りだ。


松村正恒展、ツイッターで感想を少し発見。

磯達雄さん
「狩江小学校のお別れ会は、講堂でも体育館でもなく、階段のある昇降口で行われた。松村の設計でもキモとなるこの空間を、子供と親と先生が、名残惜しそうに使っている。感動した。モーレツに感動した」

:PTAの方が撮影したビデオを以前僕がダビングさせていただいたものを上映しています。僕も松村さんの生前の姿を初めてこれで見たわけです。子どもたちと大人とが学校を介してひとつになっています。子どもたちがつくった校舎とのお別れの歌、松村さんから子どもたちへのメッセージ、どれも素晴らしいです。こういうことってあるんだ!と思いますよ。

コンフォルトの多田君枝さん
「日土小学校を存続させたことの意義は、後年、より明らかになるように思います。あそこで勉強できるとは、本当に幸せな小学生たちですね」

こういうときだからこそ落ち着いた日常の大切さがいっそう身にしみるわけですが、日土小学校や松村さんは、まさにそのことを教えてくれるような気がします。
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by yoshiaki-hanada | 2011-03-27 11:24 | ●花田の日記
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