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書き込みが1週間に1回のペース。
寒くなると身体が何となく冬眠状態になってきて、動きが鈍るような気がする。
そのわりに僕としては珍しくあちこち動いた1週間。
備忘録。

●16日(火):3年生のスタジオ(製図室)があまりにも散らかっているので、数日前から予告し、学生諸君に一斉清掃させる。床に紙や模型材料が落ちていても平気、それを踏んでも何ともないというのは異常である。きれいになると空気の透明度が上がったような感じがした、でしょ、みんな!

●17日(水):修論・修士設計の中間発表会。いろいろと指摘した。何しろ論理の筋が見えないものはダメ。あの程度の指摘でめげないでね。事実を言っているだけなんだから。
夕方からは藤森照信先生の特別講義。話が横にそれそうでいて、そのうち元に戻ってくる。それを繰り返しながら、最後にお茶室と21世紀がつながった。開始時刻がいつもより遅く、しかも予定よりお話が長くなったのでワインパーティは中止。買ってしまったパンと飲み物で、学外の学生諸君も交えて講師抜きのワインパーティ。

●18日(木):実習。

●19日(金):4年生の卒業制作についてゼミ。もうしばらくどこまで深く考えられるかが勝負だな。
某発表のための打ち合わせ。
最近、本当に不思議な縁でつながった方へ博士論文を送る。早くお会いしたい。

●20日(土):ゼミ生全員と助手のKさんとで豊田市美術館へ。石上純也展だ。
建築を介したすさまじい妄想には圧倒される。
ただ同じ妄想でも、たとえば篠原一男やアルドロッシに僕自身が学生の頃感じたのと同じ感情の震えを覚えるかというとそうはならない。単に歳をとったせい、かどうか。
ともかく見ておくべきものであることは間違いない。
だいたいの感じはこのサイトの写真でわかる。

「雲を積層する scale=1/1000」はどうやって作ったのか。
監視の女性の説明によれば、まず最上部にくる1層分をつくり、それを天井から吊り、左右からステーをとりながら下に向いて作っていったのだそうだ。そして最後にすべてのステーを切り自立させた。僕は、まず1スパン分を最上部まで作り、それを横に成長させていったと予想したが、はずれだった。

最後の展示室に置かれた作品は、ヴェネツィアビエンナーレの倒壊した作品の系統だが、「梁」に相当するものはなく、「柱」が長方形平面の4辺に沿って立っているだけで、「フレーム」にはなっていない。
とんでもなく細く白い部材を、さらに細く透明な糸で引いているので、何があるのかほとんどわからない状態だ。
ただ、「柱」だけを並べるのなら、しかもそれに「雨」という言葉を与えるのなら、長方形平面の内部にも「柱」を立てるべきではなかったか(しかもひょっとしたらランダムに)、とは院生M君と一致した意見。しかしそれをやろうとすると、さらに途方もない人手と根気が必要だっただろう。

豊田市美術館といえば、外構の床に全く水勾配がなく水平であることが見所のひとつだ。
それを実現するために、まずは水勾配のある床を作り、その上に石を貼ったパネルが置き式で敷き詰められている。パネルどうしの目地は埋めず、そのすき間から水が落ち、排水されるのである。
ここにも一種の建築的妄想がある。
何年かぶりに訪れたが、その石のパネルはあちこちに割れや不陸があり、無理なディテールだったのではないかという感じがした。
エントランスロビーのメリハリがなく、ミュージアムショップも小さすぎる。
僕は丸亀の方が好きだなあ。
建築関係者多し。阪大チームと出会う。
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そのあとのお決まりのコースのようだが、妹島さんの「逢妻交流館」へ。
すっかり暗くなり、夜景を見たが、とてもよかった。
関連する感想をオープンスタジオのエスキス篇に書きました
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●22日(月):神戸大学の梅宮弘光さんが企画された〈戦災復興期における都市環境形成に関する研究会〉へ。
初田香成さん(東京大学大学院工学系研究科特任助教)の「戦後日本における都市再開発の形成と展開」、村上しほりさん(神戸大学大学院人間発達環境学研究科 博士前期課程)の「『神戸新聞』にみるヤミ市の変遷 1945-1947」というレクチャーを聞き、勉強する。4年生のY君も参加。
その後、参加者で三宮へ下り、戦後の国際マーケットがあった場所を見、高架下商店街を三宮から神戸駅まで歩いた。小人数の会で、たいへん勉強になった。
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by yoshiaki-hanada | 2010-11-25 02:28 | ●花田の日記
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