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100717 梅雨が明けた

日常の足にしている古いロードスターの幌からの雨漏りとの格闘にくじけかけていたら、梅雨明け。神戸も、ピーカンの青空となった。僕の部屋からの眺め。遠くは神戸の海です。
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こうなると今度は、わが家「渦森台ハウス」の中で一番「暑い」位置にある自分の部屋との格闘の日々がお盆明けまで続く。写真の2階正面です。5つの面が外気にさらされているので夏も冬も厳しいのです(笑)。
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この家も、今年の春でちょうど竣工10年目。先日、僕の部屋で突然の雨漏りがあった。雨漏りは竣工後しばらくして1カ所あったが、原因とおぼしき箇所にシールを打ち直すとすぐに止まり、その後は全くなかったので、かなりびっくり。すぐに、一緒に設計した三澤文子さんと工務店を交えて原因追及をし、立てハゼの締め直しと、外壁側面に顔を出している小さな梁材を見つけてその周囲のコーキングをしたら、すぐに止まった。どうも後者が原因だったのではないかと思っている。その際、三澤さんと暑い寒い問題を相談し、いろいろと対策案を議論。そのうち実験を兼ねて何かしたいと思っている。

大学の方は、前期の後半は担当課題がないので、やや時間に余裕がある。
それを利用して、藤村龍至さんのレクチャーについて考えた記事をもう一本書いた
アップ後も何度か手を入れ、当日の質疑応答や食事会での僕の発言、さらにその後ひとりで考えたことが整理できたと思う。「論理的」じゃない議論、要は話の筋がおかしい議論には身体が反応してしまう。頭にはいらないからだ。「内容」の問題ではなく「論理」が通っているかどうかという単純な話だ。卒論の中間講評会などで学生に言うのもそのことだけ、建築学会等の論文査読を頼まれたときに考えるのもそのことだけである。1回目の記事と合わせて読んできただければ幸いである。
最も信頼するひとりの友人と無理矢理読ませた息子からの、ともに生きる勇気を与えてくれる嬉しい感想以外には何の反応もないが(苦笑)、こういう普通の思考と言葉による落ち着いた議論が建築のジャーナリスティックな世界には一番欠けているように思います。編集者は「研究論文とは違う」と言うかもしれないが、研究との違いが論じられるのは、議論に最低限の論理性が確保されたその先のことだろう。

その他、
● 8日(木):卒論の中間発表会。話の「筋のなさ」がわからない学生の気持ちがわからない。というか、そういう学生は、ほんのちょっとしたことに長い間(小中学生の頃から)つまずいたままなのではないかという気がする。でも、自分のゼミや演習での経験からすれば、丁寧に話せば本当はわかるのだ。『数学でつまずくのはなぜか』(小島寛之、講談社現代新書)の建築版みたいな話である。

●10日(土):卒業生の結婚式に出席。久しぶりに若い人の結婚式に出たら、完全に父親モードでいる自分に気がつき情けなかった。

●11日(日):参院選で民主党が負けた。民主党は「市民」像を自分たちの都合のいいように誤解するミスを犯していると思った。

●13日(火):ゼミ旅行の日程などを学生と相談。今年は、下記の日土小学校と翠小学校の見学会にみんなで行きます。みなさんもぜひ!

●13(火)・14日(水):授業、会議、委員会等。1年生には、建築情報の探し方(入門編)という話をし、チェックすべき雑誌、読むべき本、行くべき本屋、チェックすべきサイトなどを紹介した。紹介した雑誌2誌(『GA JAPAN』『住宅建築』)の編集部と本屋ひとつ(南洋堂)に花田研卒業生がいるという幸福。

●16日(金):大学院希望の他大学の学生さんと面談。

『考える人』(2010年夏号)の村上春樹ロングインタビューはさすがに面白いなあ。建築家もこんなふうに自分の考えを語ればいいのにと思ってすぐ、こんなふうに語れる建築を作ることの難しさに気づく。
by yoshiaki-hanada | 2010-07-18 12:51 | ●花田の日記
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