091106(土) 慌ただしい2週間が過ぎて

10月末は、もういちど愛媛行きだった。
その前の週の「へろへろ」はさらに悪化。

●27日(火):卒論発表会だったが研究室でダウン。花田研のだけ聞きに行く。
●28日(水):大学院の授業。のど痛し。帰宅すると熱。
●29日(木):甲南病院耳鼻科へ。すぐにインフルエンザの検査をされたが大丈夫だった。のど・鼻に何らかのウィルス。熱、上がったり下がったり。夜、松山へ移動する予定だったが、どうしても自信がなく明日に延期。

●30日(金):早朝の電車で松山へ。熱は平熱になっていた。10時過ぎに着いて、松山の人たちと、さらに青木淳君とも合流。建築学会の建築文化週間のシンポに彼に来てもらい、日土小学校のことを手がかりにシンポジウムを企画したのだ。
でも青木君は日土を見ていない。そこで1日早く来てもらい、見てもらうことにしたのである。
往復の車の中で、松山の建築家で改修工事の実施設計を担当した和田耕一さん武智和臣さんらを交えて青木君にこれまでの経緯等、いろいろと話す。
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●31日(土):13時からシンポジウム。会場は愛媛大学。
開会前に別室で、松村正恒さんの奥様と息子さんに来ていただき、残された松村に関する資料一式を建築学会に寄贈していただく旨の書面を交わし、学会から感謝状と花束を贈呈した。最近日土小学校を訪れたとのことで、大変に喜んでいただけた。
まずは鈴木博之先生から、日土を含む国内外の事例を紹介しながら保存再生についての記念講演。そのあとに、和田さんと武智さんによって、日土の保存再生工事の具体的な報告をしていただく。
そして休憩をはさみ、鈴木先生と青木君と私でのやり取りを始める。
まず最初に、青木君から、昨日の見学時に彼が撮った写真を写しながら、20分ほどのレクチャーをしてもらった。
事前に頼んではいたのだが、これがたいへんに面白かった。
彼が映した日土の写真は、柱と梁のジョイント、鉄筋を溶接して作った傘立てなど、すべて部分のアップばかり。青木君はそこに「<抽象>には到らない丁寧さ」としての日土小学校の空間の質を読み取る、というわけだ。
たとえば東校舎の昇降口。
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青木君はその上部の垂れ壁部分をアップして撮った写真を映し、柱・梁とその間の壁の微妙なずれを指摘し、それがこの空間の質を決定づけていると説明するのである。つまり、松村さんの多くの木造建築では、柱や梁は角が曲面になっているのだが(坊主面取り)、そのために壁は必ずその曲面の半径分は面落ちし、柱・梁と壁とは絶対に同面にはならない。さらにそこにペンキが一様に塗られるため、柱・梁と壁とが分節されているともいないともいえる微妙な状態が生まれるのである。青木くんはそういったモノの状態を、日土小学校のあちこちに見出したのである。
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終了後は遅くまでさらにいろんな話をして、いやほんとに楽しかった。

会場には、日土小学校の現況調査を、当時芸工大の院生として手伝ってくれた、田村君と野々村君が駆けつけてくれた。田村君は仕事を終えて神戸から車で、野々村君は沖縄出張の帰りに。
調査時の写真は昔の日記の8月24〜27日。懐かしいなあ。首からタオルをかけた長身が田村君、つなぎを着て天井裏にはいっているのが野々村君。
ぜひ今度は現物を見て下さいね。

神戸に帰り、11月にはいり、何となく久し振りに大学に復帰したような不思議な気分。推薦入試、3年生の実習、会議、書類づくりなどをすり抜けてやっと金曜日。

青木君とのオープンスタジオの第1段階の作品も10月末の締め切りで届き、早速青木君の元へ送り、すぐに彼からの結果とコメントが届き、今日、サイト上に発表した。
感想など、また対話編に書きますが、今年は「ドローイング」の意味がわかりにくいと、少なくとも芸工大の学生諸君は戸惑っていたが、ふたを開けてみると力作が多く嬉しかった。もちろん学校名も氏名も伏せた状態で、青木君だけで選んでいる。
選ばれた皆さん、おめでとう。選ばれなかった人は残念でしたが、後半の「授業」にもぜひお付き合い下さい。これから展開する青木君と学生諸君との対話が楽しみです。

『新建築』11月号に、日土小学校の保存再生が掲載されました。巻頭の特別記事です。僕も「日土小学校の保存再生がくれた夢」という文章を書き、そこに他の方の文章、写真、昔の図面などが絡む物語仕立ての誌面です。ぜひご覧下さい。
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by yoshiaki-hanada | 2009-11-07 01:41 | ●花田の日記
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